変形性股関節症は、進行すると強い痛みが出現し、歩行がつらくなったり、日常生活へも多くの支障が生じることになります。更に症状が進行すると、場合によっては、人工股関節への置換手術が必要になります。
発症をきっかけに以前のように働くことができなくなったという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そんなとき障害者の生活を支えてくれる制度のひとつに障害年金があります。障害年金が受給できた場合、最低でも年間58万4500円が支給されます。障害年金があるかないかで生活は大違いです。
しかし、障害年金は申請すればすべての方に支給されるものではありません。障害年金を受給するためには、日本年金機構の定める一定の条件を満たしている必要があります。
今回は変形性股関節症の障害年金の認定基準や申請する際のポイントをご説明します。
この記事を読めば、ご自身が障害年金を受給できるかどうかおおよその目安がわかるはずです。
監修者:「西川 暢春」からのワンポイント解説!
関連情報として、障害年金の認定基準についての基礎知識を以下の記事で解説しています。参考にご覧ください。
1 変形性股関節症は障害年金の対象疾患
変形性股関節症は障害年金の対象となる病気です。
ただし、単に申請書類を提出すれば支給されるものではなく、日本年金機構の定める一定の基準を満たしている必要があります。
どのような場合に支給されるのか理解し、ポイントをおさえて申請することが重要です。
詳しい基準をご説明する前に、まず、障害年金の制度について簡単にご説明します。
障害年金とは・・・?
病気やケガなどが原因で日常生活や仕事に支障が出ている方を対象に支給される年金です。
原則、病気やケガのために初めて病院を受診した日(初診日といいます)から1年6ヶ月後から受給することができます。
また、障害年金は原則として20歳から64歳までの方が請求することができます。障害年金には初診日に加入していた年金制度に応じて2つの種類があります。
障害基礎年金 |
<支給対象> 〇病気やケガのために初めて病院を受診した日の加入年金制度が国民年金の方 ・自営業、アルバイト、学生等 <年金額> 1級 年間97万7125円(月 8万1427円) |
障害厚生年金 |
<支給対象> ・初診日に厚生年金に加入していた方 <年金額> 1級 報酬比例の年金額×1.25+障害基礎年金1級(年間97万7125円) |
障害基礎年金では日本年金機構の定める障害等級1級又は2級に認定された方に、障害厚生年金では1級から3級に認定された方に障害年金が支給されます。
障害年金を受給するためにはおおまかにいうと2つの条件を満たしている必要があります。
(1)【保険料の納付要件】
(2)【障害の程度の要件】 |
(1)の保険料の納付要件を満たしていなければ、どんなに症状が重くても障害年金を受給することはできません。自分が納付要件を満たしているかは、お近くの年金事務所で確認することができます。
納付要件を満たしていることがわかれば、次に重要なのは(2)の障害の程度の要件です。初診日に国民年金に加入していた方は1級又は2級、厚生年金に加入していた方は1~3級のいずれかに認定される必要があります。
2 変形性股関節症の認定基準
障害年金では、障害によって生じている症状によって「このくらいの障害の程度であれば〇級相当」と基準が決まっています。
これを障害年金の認定基準と言います。
ここからは、この認定基準について、「人工股関節を置換している場合」と「人工股関節を置換していない場合」の2つに分けて解説します。
2-1 人工股関節を置換している場合
障害年金の認定基準では、人工股関節を置換している場合は原則3級に認定すると決められています。
片足のみに人工股関節を入れている場合も、両足に人工股関節を入れている場合も、原則3級です。
ここで重要になるのが、変形性股関節症のために初めて病院を受診した日(初診日)に加入していた年金制度です。
1章の「障害年金とは…」でご説明したとおり、初診日に厚生年金に加入していた場合には障害厚生年金、国民年金に加入していた場合には障害基礎年金の対象になります。
障害厚生年金では1級から3級のいずれかに該当した場合、障害基礎年金では1級または2級のどちらかに該当した場合に障害年金が支給されます。
人工股関節を置換している場合は原則3級に認定されるため、初診日に厚生年金に加入していた場合は、納付要件さえ満たしていれば障害年金を受給することができます。
それに対して、初診日に国民年金に加入していた場合は3級では障害年金が支給されません。
そのため、変形性股関節症による人工股関節の置換で障害年金を受給するためには、初診日に厚生年金に加入していたことがひとつの大きなポイントになります。
人工関節を置換している場合の認定基準について、詳しくはこちらの記事もご参照ください。
ただし、人工股関節の置換後もなお、日常生活に大きな支障が生じるような症状が出ている場合は、2級以上に認定される可能性があります。
実際、どのくらいの障害の程度であれば、2級以上に認定されるのかは、2-1をご参照ください。
2-2 人工股関節を置換していない場合
人工関節を置換していない場合、下肢の障害の認定基準にそって判断されることになります。
また、人工関節を置換しても強直(関節が硬直し動かなくなった状態)や可動域の制限、筋力の低下の症状がある場合も、同様に下肢の障害の認定基準にそって判断されることになります。
認定基準によると下肢の障害で各等級に相当する障害の状態は以下のように定められています。
等級 | 障害の程度 |
1級 |
1.両下肢の機能に著しい障害を有するもの(両下肢の用を全く廃したもの) 両下肢の3大関節(股関節、膝関節、足関節)中それぞれ2関節以上の関節が、次のいずれかに該当する程度のものであること。
(1)不良肢位で強直しているもの …通常の位置ではなく、日常生活に支障をきたす位置で関節が硬直し動かなくなった状態
(2)関節の他動可動域が下記の表に記載の参考可動域の2分の1以下に制限され、かつ、筋力が半減しているもの
(3)筋力が著減または消失しているもの
|
2級
|
1.一下肢の機能に著しい障害を有するもの(一下肢の用を全く廃したもの) 一下肢の3大関節(股関節、膝関節、足関節)中それぞれ2関節以上の関節が、次のいずれかに該当する程度のものであること。
(1)不良肢位で強直しているもの …通常の位置ではなく、日常生活に支障をきたす位置で関節が硬直し動かなくなった状態
(2)関節の他動可動域が、健側(症状がでていない側の下肢)の他動可動域の2分の1以下に制限され、かつ、筋力が半減しているもの
(3)筋力が著減または消失しているもの
2.両下肢の機能に相当程度の障害を残すもの 両下肢の3大関節中それぞれ1関節以上の関節の他動可動域が下記の表に記載の参考可動域の2分の1以下に制限され、かつ、筋力が半減しているもの
|
3級 |
1.一下肢の3大関節(股関節、膝関節、足関節)のうち、2関節の用を廃したもの 関節の他動可動域が、健側(症状がでていない側の下肢)の他動可動域の2分の1以下に制限されたもの。また、これと同程度の障害を残すもの(例えば、起床から就寝まで固定装具を必要とする程度)。
|
このように、下肢の障害の認定基準では股関節、膝関節、足関節の3大関節のうち2関節以上に症状がでていることが条件になっています。
しかし、変形性股関節症では、股関節のみに症状がでており、膝や足首は全く問題ないという方がほとんどだと思います。
股関節のみに症状が出ている場合であっても、両下肢または一下肢を歩行に使用することはできない状態である場合は、「両下肢または一下肢の用を全く廃したもの」と判断され、1級または2級に認定される可能性があります。
この他、日常生活の動作への支障の程度などを踏まえて総合的に障害年金の等級が判断されています。
3 診断書を依頼する際の注意点
障害年金を申請するにあたって、一番重要なのは医師に作成してもらう診断書です。
2.変形性股関節症の認定基準でご説明したように障害年金では、傷病によって「このくらいの障害の程度であれば〇級相当」と基準が定められており、等級判定ガイドラインでは診断書の記載事項を元に等級の目安が定められています。
そのため、障害年金はほとんど診断書の内容で決まるといっても過言ではありません。
診断書の記載事項のひとつひとつが障害年金の等級を決める重要な要素です。中には、診断書に記入漏れがあったり、内容が不十分なために、申請書類が差し戻されたり、不当に低い等級に認定されてしまうこともあるのです。
人工関節を装着していても、どんなに日常生活に支障が出ていても、そのことが診断書の記載されていなければ、ないものとして扱われてしまいます。特に可動域や筋力の状態欄や補助器具の使用状況欄は記入漏れの多い項目です。
病院から診断書を受け取ったら、提出する前に必ず目を通して記入漏れや不備がないかを確認し、気になる点があれば医師と相談するようにしてください。
日常生活動作の支障について、医師に十分に症状を伝える自信がない方は、事前に日常生活のどんな動作に支障があるか、どんなことに困っているのかメモにまとめて受診することもひとつの方法です。
診断書の記載例1
診断書の記載例2
障害年金に必要な診断書については、以下の記事で詳しく解説していますので参考にご覧ください。
4 知っておきたい2つのポイント!
4-1 要注意!先天性股関節脱臼や臼蓋形成不全と診断されている場合
変形性股関節症で障害年金を申請するにあたり、特に注意が必要なのは、先天性股関節脱臼や臼蓋形成不全と診断されている方です。
これらの傷病は、変形性股関節症の原因となる傷病であり、変形性股関節症になる方の約8割は、これらの傷病が原因で変形性股関節症を発症しているといわれています。
先天性股関節脱臼や臼蓋形成不全は生まれつきの傷病です。
そのため、先天性股関節脱臼や臼蓋形成不全と診断されている場合、生まれつきの傷病が原因=生まれた日が初診日と判断されてしまう可能性もあるので、障害年金を申請する際に特に注意が必要になります。
出生日が初診日と判断されてしまうと、生まれたときは当然年金には加入していないので、障害基礎年金の対象となってしまいます。
障害基礎年金は2級以上に認定されなければ障害年金が支給されないため、人工関節の置換だけでは障害年金を受給することができません。
しかし、出生時や幼少期に先天性股関節脱臼や臼蓋形成不全と診断されていても、矯正等の治療によって回復し、その後長期間にわたって症状がなく、日常生活に支障がなく、運動も問題なくできていたという方も少なくありません。
また、これまで一度も先天性股関節脱臼や臼蓋形成不全と診断されたことはなく、変形性股関節症で病院を受診して初めて、先天性股関節脱臼や臼蓋形成不全と診断された方もいるのではないでしょうか。
そのような方まで、出生日を初診日としてしまうのはあまりにも不利な扱いです。
そのため、障害年金では社会的治癒という考え方があります。
社会的治癒とは、因果関係のある傷病であっても、長期にわたり症状がなく、日常生活も支障なく送れていたような場合に、障害年金上においては、別々の傷病として扱うことができるという考え方です。
別々の傷病として扱うことで、例えば幼少期に先天性股関節脱臼と診断されていても、その後長期に渡って症状がない状態が続いたのちに、変形性股関節症と診断されたような場合には、変形性股関節症で初めて病院に受診した日を障害年金における初診日として、初診日に加入していた年金制度が厚生年金であれば、障害厚生年金の対象となります。
監修者:「西川 暢春」からのワンポイント解説!
社会的治癒とは、以下の通りです。
(1)無症状で就労や通常の日常生活が支障なくできていること
(2)治療や投薬を必要とせず、外見上治癒した期間が一定程度継続すること
社会的治癒が適用されるためには、病歴・就労状況等申立書を出生から記載し、運動や就労に支障がなかったことや、長期間に渡り自覚症状がなく、治療の必要もなく、日常生活に支障が生じていなかったことを説明することが重要になります。
学生時代の通知書や運動会の写真、ジムの入会申込書等を参考資料として提出するのもひとつの方法です。
ただし、社会的治癒の認定はハードルが高く、1回目の申請では認められないこともたびたびあります。
そのため、自分で申請をすることに不安がある方は、障害年金を専門に取り扱う社会保険労務士に相談するのもひとつの方法です。
4-2 人工股関節を置換したその日から障害年金を請求できる!
障害年金は通常、病気やケガのために初めて病院を受診した日(初診日)から一定期間を経過しなければ、障害年金を請求することができません。
この期間は原則1年6ヶ月と定められており、1年6ヶ月経過した日のことを「障害認定日」と言います。
この障害認定日には一部例外があり、人工関節もその例外のひとつです。
人工関節を装着した場合は、初診日から1年6ヶ月が経過していなくも、人工関節を装着したその日から障害年金を請求することができます。
ただし、人工関節を装着した日が、初診日から1年6ヶ月よりも後だった場合は、1年6ヶ月経った日から障害年金を請求することができます。
5 まとめ
今回は、障害年金における変形性股関節症の認定基準についてご説明しました。
人工関節を装着している場合は原則3級、人工関節を装着していなくても、可動域が制限されていたり、筋力が低下している場合は、その程度によって等級に該当する可能性があります。
障害年金は1級に認定されれば少なくとも年間97万7125円、2級に認定されれば少なくとも年間78万1700円、3級に認定されれば少なくとも年間58万6300円が支給されます。障害年金は変形性股関節症でお困りの方の生活の大きな支えになるはずです。
この記事が皆さんの障害年金申請のお役に立てば幸いです。
患者団体や病院の方、あるいは報道機関から、この記事を利用したいとのお問い合わせをいただくことがあります。
障害年金の制度を患者の方にお伝えいただく目的で使用いただくのであれば、無償で利用していただいて結構です。
ただし、以下のルールを必ず守っていただきますようにお願いいたします。
- 記事は修正しないでそのまま使用してください。
- 咲くやこの花法律事務所の記事であることは使用の際に明示をお願いいたします。
- 紙媒体での使用のみとし、記事をインターネット上にアップロードすることは禁じます。
- 患者団体または病院関係者、報道機関以外の方の使用は禁じます。